僕が子供の頃、バイキングは海賊として略奪や蛮行を繰り返す悪い奴らと教わりました。でもこれはキリスト教文化側が異教徒に向けた批判的見方でした。本来は広域の貿易を主としていたのです。何よりも素晴らしかったのは職人の技術の高さでした。ヨーロッパがまだ大航海時代に突入する遥か前の8世紀にして、スカンジナビアの人たちは大型の船を造り、アメリカ大陸から、アラブ、西アジアまで貿易をしていたのです。また当時のヨーロッパはローマ帝国が衰退した暗黒の時代。武器などの生産する高い技術力はバイキングの力をさらに高めていました。高度な造船技術は建築にも及び、広範囲の貿易では今やイギリスが誇る工芸ともいえるセーターなどの編み物も、当時の貿易によってイギリスにもたらされてものでした。まさに世界最高の職人大国だったのです。
今日、
オペラシティでやっている『
北欧モダン デザイン&クラフト展』に行ってきました。会場はややこじんまりと。場所と雨が降っていたこともあり客足はまばらで、土曜日にもかかわらず見やすかったのがよかったです。今回の展覧会は数年前に都美術館で行われたイームズ展のスタッフが中心になっている関係もあって、大体知っている人ばかり、僕自身も今回の展覧会に少々貸し出しをしています。僕も以前かなりの北欧デザインを所有していたので、相当な物が無い限り驚くことはないので、そんなに期待していませんでしたが、入ってすぐカヌーが置かれていたことでちょっとほっとしました。コレクター的な展覧会で終わってしまうのではないかと思っていたからです。そして、チケット切りの入り口の上には北欧の自然の大きな写真と
ウィリアム・ブレイクの詩添えられていました。会場の中に入ってからもコーナーごとにあるテキストがとても気持ちよかったです。ただ、展示は無難にまとめられているので少々個人的には物足りなさは残りました。
今回の、チケットやチラシには
岡尾さんのスタイリング写真が使用されています。個人的には会場にもそんなスタイリングでもう少し生活感を見せるコーナーがあっても良かったように思います。また、せっかくいいテキストがあるのだから、もう少し物や写真でそのイメージを広げられるスペースがあったらいいなあと思いました。
僕だったらどうするか考えてみました。北欧モダンとカテゴリーを限定したとしても、僕だったら、モノという結果的に出来た物だけでなく、なぜこのモノが生み出されたのかと言う北欧の環境や歴史、民族性などを紹介するでしょう。
冒頭にバイキングの話をしましたが、北欧のご先祖様が生み出した高度な技術、例えば船をこぐオールのシェープは
ハンス・ウェグナーや
フィン・ユールの立体的な曲線美に変わったことでしょう。武器を作る高度な金属加工は
ヘニング・コッペルのテーブルウェアやジュエリーを生み出し、防寒のための織物は、芸術的なタペストリーなどに発展しました。そして何よりも世界中を航海し貿易を営むなかで世界の技術や伝統にインスピレーションを受け、自分たちの技術の中に取り入れる応用力に長けていたと思います。それゆえにあの痩せて何も無い北の土地で豊かな文化が生まれたのだと思います。
ムーミンは古くから伝わる
民話に登場する妖精がベースになっていますし、
タピオ・ヴィルカラの作品の中には先住民
サーメ人の工芸をモダン的に解釈したもの、極北の地、
ラップランドの自然からのインスピレーションと同時にソビエトと同様社会主義体制だったフィンランドの
構成芸術の影響を同時に受け取ることができます。
ウィルヘルム・コーゲが影響を受けた日本陶芸はその弟子である
フリーベリや
リンドベリらにも間接的に受け入れられています。日本人がこの異国に親近感を感じるのはコマーシャリズムだけではないようにも感じます。この部分を知らなければ、どうして北欧デザインが生まれるのかが理解出来ません。僕はフォルムなどの表層的な部分だけでなく、もっとこの国の文化から必然的に生まれてくることを多くの人に知って欲しいと思います。そして、その上で北欧が好きか嫌いか判断して欲しい。
以前も話しましたが日本で知られる北欧イメージと現実は違います。(大きくは間違っていませんが)スウェーデンでは国で飲酒が制限されています。酒屋もすべて国営。酒好きにはのびのび出来るところではありません。フィンランドではパンクや
ゴスロリの女の子を良く見かけます。手のぬくもりとかモノを大事にするとか言われていますが、そんな国で世界でもトップクラスの消費を煽る
IKEAや
H&Mは生まれません。北欧のモダンデザインのイメージは世界中に知れ渡り、未だに
カイ・フランク、
アアルトや
ヤコブセン、
ヘニングセンが市場を占領していて、若いこれからのデザイナーの活躍の場が失われています。それ故に
デフィーラなど、ポストモダン的作品を発表をするデザイナーも少なく無いのです。一番厄介なのは日本人の無知識による市場の過熱ぶり。現在市場で高額で取引されているリンドベリのカップ&ソーサーなんかはそもそも日用品ですから素材自体も粗悪な物が多い。それに2万円、3万円もかける気が知れません。ボーンチャイナみたいな物だったら、またマイセンみたいに絵付けを高度な職人技術によって行っているのだったらまだしも、プリントですから。一時期の供給不足になっているだけであって、本来は全く価値が無い物です。
10年ほど前に“たまごっち”が大ブームとなって裏取引で10万円なんてこともありましたが、それに似た感じ。時間が経てばただのジャンク品になってしまいますよ。現地も高いけどそれは日本人が買うために高くなっているだけです。世界中でこのレベルの北欧ヴィンテージが高騰しているのは北欧本国と日本だけです。でもそれによって日本の消費が成り立っているし、僕も少々煽っている立場の人間なので言えた身分ではないんですけど。本気で好きだったらいくらで買っても構いません。でも煽られていると少しでも感じるようでしたらもう少し賢くなった方がいいと思います。
以前、
工芸ニュースに関連した北欧視察をまとめた『北欧旅行記』という本を読みましたが視察団が、デンマークのデザイン連盟に呼ばれて、テーブルに日本が作った膨大な北欧デザインのコピー商品を並べられて相当批判を受けたそうです。50年ほど前の話です。今、中国を世界がそういう目で見ていますが、数年後はもしかしたらその後の日本のようにコピーではない商品で世界を席巻しているかもしれません。
この本を読んでいると当時のデザイナーの行き場が北欧の良心ともいえるアノニマスに理想を見いだしたことが分かります。大衆のためというよりは自分たちの美意識のために。現に1950年代後期に松屋で売られていた
カイ・ボイセンの猿は12000円、カイ・フランクの
カルティオは7個セットで15000円です。ちなみに当時の大学初任給は4000円です。レートも関税も違いますが、全く大衆的な価格ではありません。また、当時
ヌータヤルビで働いていたスタッフに話を聞いたことがありますが、カイ・フランクはディレクター的役割でデザインはアシスタントがやっていたそう。イームズもそうですね。だから、アノニマス(デザイナー名を公開しない)を強く望んでいたそうです。どこまでが本当か分かりませんが、彼のアシスタントを経て後に有名になっていくデザイナーのある作品集には一般にカイ・フランクの作品と言われているものも掲載されていますからあながち全くのデタラメな情報でもなさそうです。50年代当時の日本のデザイナーは名前も名乗らず去っていく武士のようにアノニマスな彼にみんな憧れていたんですが、その理由がこういうことだとは誰も気づかなかったでしょうね。
リンドベリはあだ名が“ミセス・リンドベリ”と呼ばれるくらい女性的だったそうです。
タピオも見た目は人嫌いな山にこもって作品に没頭する無骨さを写真を見ると想像しますが、工芸ニュースによると彼は若くから成功しましたから、大金持ちでキャディラックを乗り回しパーティ常連で、プレゼンテーションがとても上手かったそうです。全くイメージと正反対です。ヤコブセンは有名ですよね。デンマークの
ルイジアナ美術館で行われた大回顧展に行った時にVTRを流していたのですが、よく聞いてみるとインタビューを受けている人はみんなヤコブセンが嫌な奴、誰一人いい人なんて言ってません
。相当嫌だったんでしょうね。彼の展覧会でこんなものを流すキュレーターも凄いと思いました。
物事は裏表があって成り立っています。いい作品にはいい背景もたくさんありますが、悪いこともたくさんあります。北欧のデザインにはその悪い部分を受け入れてしまうほどいい物は多いと思います。ただ一部の北欧マニアは狂信的で偏った物の見方をしていると感じています。工芸ニュースなど、昔の文献ではそういった部分も多く語られたのですが、最近は雑誌が軟弱化して批評的な部分が全く読むことが出来なくなりました。僕はもっと真実を知りたいと思っています。そして、もっとルイジアナの展覧会のように悪い部分もふまえつつ北欧デザインを大きな心で受け入れることも必要かと思います。