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retro futuristic design
世間はクラフトやらほっこりやらだけど、僕自身ここ最近、ぼんやりとデザイン回帰が始まっている感じがします。
 
Folk Toys Nipponのコラムで「劣化」と「再生」の話をしましたが、モダニズムのきっかけにもなったプリミティブ思考は、モダニズム劣化の度にフォークアートブームみたいな形で登場し、再生されるようなことを書きました。
で、毎度登場するフォークアートブームの後、必ずモダンデザインが台頭します。
フォーク(プリミティブ)アートは自由への解放みたいなもので、表層に縛られたデザインみたいなものを洗い流してくれます。洗い流すと目的がシンプルになってくる。用の美みたいなものが際立ってきます。そうすると、複雑な装飾からまたシンプルに戻っていく。で、モダンデザインが復権し再生するのです。
今のほっこりブームもやや用の美に立ち戻っている段階です。そろそろまたデザイン(ブーム)が再来するでしょう。
 
先日エントリーした「純粋なる形象」展が何故このタイミングなのも分る気がします。
戦後に起ったフォークアート回帰を終え、モダンデザインが再生した極みみたいな時代のデザインですから。
 
そして今回のデザインブームのテーマをあえていうと「retro futuristic design」。
 
レトロ・フューチャーというと60年代くらいのデザインを彷彿させます。
あの時代は未来に相当な希望を持っていました。鉄腕アトムや2001年宇宙の旅は多分未来に訪れるだろうと誰しも思っていました。
あの頃想像していた未来に今は到達しましたが、実際はかなり違っていました。
今見てみると、昔考えていた未来ってどこか未来らしく、反面懐かしさがある。それがレトロ・フューチャーです。
 
未来は70年代後半位からリアリティと重なるようになってきました。
ブレード・ランナーやスター・ウォーズの世界は未来的部分も持ちつつも、現在と変わらない(継承される)部分も持つ。
実際、掘りごたつに入って(昔からあるもの)携帯メール(未来的なツール)を打つのは現実の未来の姿です。
 

写真は僕のコレクションの中にあるアメコミ「AMAZING STORIES」(1928年)アメリカでは有名なSFヒーロー「Buck Rogers」が世に登場した最初の作品ですが、ここに描かれている表紙はかなりリアリティと結びつけられています。この後作品はかなり宇宙物になっていき、フィクションの世界で覆いつくされます。


でも、今回のレトロ・フューチャーはちょっと違っています。
それは何かと言うと、未来を体験した上で理解し、あえてもう一度昔に立ち戻って現在を見てみるという、リアリティを感じながらもファンタジーをあえてやってみようという考え方。それもどうやら80年代をテーマにする人が多そうです。
奇しくもロイド・ダンがレトロ・フューチャーという言葉を生んだのも80年代。
 
最近200万部を突破した村上春樹の「1Q84」もそんなものの1つと言えるかもしれません。オーウェルが書いた「1984」とは経験値が圧倒的に違いますし、現代を知っているから(90年代、00年代を経験したから)こそ80年代の伏線を理解する事が出来ます。
Perfumeもそうかも知れませんね。80年代的アイドルの打ち出しと80年代風歌謡テクノをやっています。
僕が現在関わっている仕事や大物デザイナーが手がけている作品でもいくつか80年代がテーマになっています。
 
80年代ではありませんが、レトロ・フューチャーとしてディーター・ラムスのデザインは2010年代こんな風に捉えられています。(アンダーカバー2010年春夏/コレクションテーマ:ディーター・ラムス)ややジル・サンダーヒューゴ・ボスなどのドイッチェ・リアルクローズっぽくもありますが。
| Culture | 23:34 | comments(2) | - |
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コメント
ご想像するように(笑)、ぼくも興味あるテーマです。

>未来を体験した上で理解し、あえてもう一度昔に立ち戻って現在を見てみるという、リアリティを感じながらもファンタジーをあえてやってみようという考え方

この「あえてファンタジー」という部分に特に共感します。昨年と今年の2年続けてミラノの王宮で「未来派」−これは20世紀初頭の動きでしたがーの展覧会をやっていましたが、あの時代、急激な科学技術の発展であらゆるものが眩しく見えた。それこそにリアリティがあると思った。それが時代を経て古臭いと思うものも沢山あったけど、あの時代に感じた「未来像」のエッセンスは捨てたくない、そういう意図をぼくは展覧会の企画に感じていたので、柳本さんが、ここで書いていることは、時代は違いますが、趣旨としてよく分かります。

レトロ・ヒューチャーとしての、この80年代と60年代の比較なんていうのも、面白そうだなぁ・・・・。

| anzai | 2009/07/09 12:38 AM |
anzaiさん
 
コメントありがとうございます。
以前に100年前の世相と現在が似ているという話をしましたが、2010年代は未来派が登場した時代と関連できる所がいろいろ出てきそうですね。
 
後期未来派に参加していたブルーノ・ムナーリとジオ・ポンティなんかの合理主義に反対していたソットサスが2人で展覧会(1946年)をやったのをきっかけに、未来派の志は戦後へ受け継がれていて、その辺の2人の作品もメンフィスのルーツみたいで面白いですね。
 
アルキミアやメンフィスもどこかファンタジーが匂いますね。やはり過去へのオマージュが大きいからですかね。
60年代(イタリア)の方がレトロ・フューチャーでも合理的部分が大きいですよね。ザヌーソなんかが番長だったからでしょうか。
60年代も80年代も前期と後期で大きく違っているのも興味深いです。
| metabolism | 2009/07/13 7:05 PM |
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