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着眼点
 お世話になっている勝ちどきのShop btfdezain.netを主宰しているO田さんとデザインジャーナリストのF崎さんのトークショーがあるということで、デザイナーのトークはそれなりに聞く機会はあるけど、伝える側のトークってあんまりないので、これは!と思い行ってみました。
 
その前にF崎さんのブログでかなりの意気込みを感じ、期待が大きかったのですがその割には核心に触れる話が余り飛び出さず、ちょっと寂しかった。思うに会場の一番前の端にF崎さんのクライアントであるMハウスのS木さんが居たので、なかなか喋りにくいんだろーなーとは感じました。僕だったら結構言ってしまう事が多いです。よく編集部がウチに打ち合わせに来る際、かなり辛口批判をしたりします。企業もそうだけど大抵の場合当人達が一番その事を分っている訳だから「こいつ嫌な奴」なんてことにはあまりなりません。僕と当人は問題意識を分っていますが、第三者はあまり知る人は少ないので、僕はこういう機会こそそこまで踏み込んだ発言をするべきだと考えています。まあ、立場は人それぞれですから僕がトークする場を与えられた際は話をしたいと思います。
 
話を元に戻しますが、お二方はキャリアも長いし(O田さんは僕より少し年下ですが、学生時代から執筆などしていましたから)僕も少なからず同じような仕事をしているので「うん、そうだよな」という共感できる部分は多かったです。特にモノごとの見方の多様性という部分には僕もずっとここでも仕事でもいい続けている所なので編集に関わる最も重要な視点なんだろうなあと確認する事が出来たと思います。まあ、深い話はトーク後の飲み会で聞けばいいやと思っていたのですが、F崎はトーク終了後すぐに帰ってしまったので残念。また別の機会にじっくりお話をしたいです。
 
2部としてO田さんが昨年仕掛けた「日本史展」でキャスティングされたキャノンのデザイナー、S水さんとその上司のI井さんを交えての「愛のバッドデザイン」トークが行なわれました。
彼らはどこかお笑いのような感覚でやっているプロジェクトのようですが、僕は感動してしまいました。「バッドデザイン」と括ってしまうと心外なのかもしれませんが、彼らの選ぶものは、世の中で「このデザインいいよね!」と言われず無視されているものをピックアップしています。だから「無視されたアノニマスグッドデザイン」も多いのです。
 
僕もいつも日常の中の何気ない部分にモノごとのヒントがあると思っています。今回の感動した部分は、お二人のかけあいにありました。紹介される写真がスクリーンに映し出されるとS水さんはチョイスの理由をディテールやマテリアルなどかなりデザイナー的視点、論理的に解釈します。文豪I井さんの解説、というか詩の朗読は感性と着眼点の面白さを広げてくれます。見事なバランス! 
 
もっと感動したのはS水さんのいう「ノスタルジー」。
多くの場合、チョイスされた物は幼少の時代に体験した中から見いだされたものが多い。例えばカスタネットやよく田舎の家にあったトイレからニョキッと出ている煙突のような換気扇、お祭りでもらう金魚を入れるビニール手提げ、牛乳のキャップを外す針のようなオープナー。でも、僕は話を聞いているとノスタルジーじゃないんじゃないかと思いました。
 
例えばチューペットを選んだ理由についてかすかに残る匂い(製造工程の中でチューペットは中身のジュースに浸けて中身を入れるため、ジュースが外側に付着し、洗浄しても多少匂いなどが残っている)だったり、牛乳瓶の口に被せたビニールに関しては、剥がす時に部分的に接着された部分が外れる音だったり、カスタネットは赤青に塗られた塗装の質感だったり、子供の頃に体験したものは五感で記憶されている。ノスタルジーと言えばノスタルジーだけど、よく子供の頃の体験がその後の人生に大きな影響を与えると言われるように、僕たちが生活する現代の感性はその頃に養われたんじゃないのかなあと思います。ということは現在僕たちが選択しているモノごとの無意識の部分に大きな影響をもたらしているはず、単なるノスタルジーではなく現在進行形なのだと思うんです。
そして、デザインの認識が無かった幼少の記憶は多くの人の共感として結びつき、購買に結びつくとしたら、デザイナーの作る物はどうあるべきかという根本の問題にも関わってきます。
 
誰にも見向きもされないものにもデザインはあり、長年にわたり形状進化が無い物が多いため、日常に埋没し、皆がデザインだと余り認識していない部分。前に鋏について書きましたが、何百年以上形に変化が無い、つまり完成されたデザインなのです。
それでもデザイナーは鋏やナイフやフォークをデザインする。それについては僕も肯定はしているんですが、最近のデザインを見ているとあまりにも本質から逸脱し、形状としてとらえ、それをデザイナーの個性としてとらえようとしている感じを受けます。S水さんたちのトークを聞いていて、彼らのそういった物への敬意と愛情を感じたのです。僕はそこがデザイナーにとって大事だと思うんです。先人の遺してきたものにちゃんと敬意を払いつつデザインする清さは忘れてはならない部分だと思います。
そして無視された日常のデザインを発見することも重要なリサーチ活動です。ル・コルビュジェが世界を回って描いた遺跡のスケッチやイームズが撮り貯めた素材などの写真を見ると、彼らがいかに発見し、名も無きクリエイター達に影響され、愛情を持って自分たちの活動に組み込んでいったかがわかります。最近のデザイナーとかを見ていると、先人は先人でもル・コルビュジェやイームズのリデザインでしか無い事が多いのです。ネットで検索すれば出る程度でモノごとを思考しています。僕は膨大な収集をするので事例にはならないけど、いつも多くの人にリサーチや体験の少なさを感じます。
 
S水さんのバッドデザインは一見お笑いだけど、僕は本質を捉えたリサーチ活動だと思いました。そしてこんなことを会社の仕事の一部としてやっているキャノンという会社が羨ましく思いました。S水さんは自身でやっているバッドデザイン的な作品とキャノンでの仕事は条件が違うだけで、思考は同じだと言っていました。今回の話を聞いてようやく理解できた気がしました。そしてこの大事な事を忘れてしまっている多くのデザイナーにもっと聞いてもらいたいと思いました。
 
その後O田さんやS水さん達と飲み会へ。席が離れていて話が余り出来なかったのですが、トーク観客として来ていたK藤さんT田くんN山さんH水さん、K藤さんが誘ったらしいぽむ企画のH塚さん、建築ジャーナルのY崎さん、10+1のS藤さんK戸さん、btfのスタッフさんやO田さんの元教え子も参加していて、某建築家・某デザイナー批判や批評が飛び出し盛り上がっていました。飲みの席なので批判話はここでは控えておきます。
みんな業界の人達なので、なかなか諸問題について意識確認が出来ました。特に僕はあまり交流の少ない建築関係の人の方がはっきりものを言うのでもう少し突っ込んだ話をしてみたいと思いました。
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