ペア・クラーセンに会ったのはちょうど2年ほど前だったでしょうか、初来日から1年目で、代官山のコレックスで小さな展覧会を開く際、僕が図録などで関わった事がきっかけでした。
品のいいじいさんという感じで、おしゃべり好き。ウチに電話がかかってきては、「○○時に、代官山辺りに行くから会いたい」と言い、3〜4時間おしゃべりに付き合います。彼の話は、とても勉強になり、そんな話をひとりで独占していることは、幸せだなあと常々感じています。
彼は、スイスのネフ社の玩具など、世界的なデザイナーとして名前が知られていますが、その背景には数学的に綿密に考えられた理論と、哲学的なメッセージが含まれています。彼にはとても及びませんが、彼は一表現者として僕をちゃんと見ていてくれるのか、そういう話をしたい時はいつも駆り出されるんですね。
その中で、聞いた話の一つがタイトルにした「全てはスプーンから始まった」です。写真はそれをテーマにした限定本で、スプーンがセットされています。
彼が子供の頃1つの疑問を持ったそうです。何故、スプーンは表から自分を映すと天地が逆になって、裏から見るとそのままで映るのか?と、論理的に答えればそれは理由がつきます。でも、もっとそこから知る意味に気づいたそうです。
全ての物事には陰陽があり、背中合わせなんだと。実は表は虚の部分で、裏は実なんだとも言っていました。正義という戦争が表であるなら、裏にはエゴがあったりと、いくつか例も挙げてくれました。まあ、それが全て正しいか僕自身はわかりませんが、僕自身も当てはまる部分が多く、とても共感したのです。
僕自身も表で「すごいうまくいってます」と言いながら、心の中ではとても心配だったり、聞く話でも「この人強がってるけど、本当は怖いんじゃ」と感じることもしばしば。
そして彼は表が虚であることは否定的ではない事も言っていました。むしろ問題なのは、裏の部分を見ないでおこうと思う心らしいのです。表裏の関係である事は、逃れられない事実であるということなので、自分自身もこの表裏に向き合わなくてはならない、ということでした。そういえば、ブルーノ・ムナーリも生涯を通じて「ネガティボ・ポジティボ(陰陽)」をテーマにした作品を作り、彼の本でもしばしばクラーセンと同じ事を語っています。
僕がちょうどその頃、仕事も順調に行っていて、いい方しか考えなかった頃、裏では実は人間関係や様々な問題、自分自身の悩みも押し隠していた気がします。見て見ぬ振りをしていたような。臭い物に蓋をしていたんですが、そんなうちにその問題はどんどん膨らんで、ついに表面化しました。そんな時に、偶然なのか必然なのか、その問題を乗り越えるきっかけを与えてくれる人が現れました。クラーセンもその一人でした。そんな助言のもと、その場の問題は大分解決したんです。
それから、僕はなるべく自分から逃げない、とに心がけるようになりました。これは問題じゃなくて、次のステージに進むための試練だと考えるようになりました。
地球や生命の歴史は、隕石の衝突や氷河期のような大きな問題によって今が存在します。多分これがなかったら、今の地球や生命は進化せず、今も存在しません。それと同じように、問題は新しい自分を生み出すための意味のある事だと思うようになりました。