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バチカン・エクソシスト

旅行中、機内で読んだ1冊がこの『バチカン・エクソシスト』です。10年近く前に『エクソシストとの対話』を読んだのですが、それと同じ、一応バチカン公認のノンフィクションです。
 
後者を読んだ時はとても衝撃的でした。映画『エクソシスト』は、実際あった事件をもとに制作されていることは僕も知っていましたが、それがバチカンが監修していたということはこの本で初めて知ったのです。エクソシストを悪魔のことと勘違いしている人も多いのですが、実際エクソシストは悪魔払い師の方の事を言います。エクソシストはローマ教皇が任命したれっきとした役職なのです。バチカンのあるイタリアが最も多く、悪名高き魔女狩りが盛んだったイギリス、ドイツ、北欧などはかなり少ないそうです。映画に登場する神父は、ウィリアム・オマリー神父(ダイアー神父役で本人登場)とトーマス・バーミンガム神父という実在のローマ・カトリックの司祭がモデルで、彼らは映画のテクニカルアドバイザーまで務めているのです。 
 
今回の『バチカン・エクソシスト』は僕の中では2回目のドキュメンタリーになるので、さほど衝撃はなかったものの、著者は現ロサンゼルスタイムズのイタリア支局長を務めるジャーナリストなので、客観的な視点に立ち、カトリック内でも2極化する反対・賛成派の意見から診療医師などにもインタビューしていて、信じる信じないとかではなくこういった事実がある事を知る事ができるのがいいです。
 
日本もスピリチュアルなんかが流行っているけど、これは世界的な現象で、特に信仰深いイタリアなんかはエクソシストの力を求める人が圧倒的に増えているそうです。そして、ついに2005年には教皇庁立レジーナ・アポストロールム大学でエクソシストの講座が開かれています。どの国も神に救いを求めてるんですね。
| Religion | 18:27 | comments(7) | - |
三位一体モデル

山口まで品川から新幹線で4時間半。往復9時間は絶好の読書時間でした。前日新しく買った本、前に買ったけどまだ読んでいない本などを10冊ほど持っていきました。特に気になったのがこの中沢新一の『三位一体モデル』でした。
三位一体とは『父』『子』『精霊』を指します。ここでお分かりになる人もあると思いますが、この考え方はキリスト教の教えです。『父』は物事の基本になるもの。哲学や理念やそういったものが含まれます。『子』は『父』のベースを具体化する存在。『精霊』は販促、広告など資本主義の増殖を助ける役割。この本ではこの3つがバランスよく配置されることで物事の意味や本質が捉えられ、すべての問題はこのバランスをみると理解出来ると言っています。
例えばメーカー。『子』は会社そのもの、『精霊』は広告や生産活動だったりするわけです。でも『父』が見当たらない。ここに現代産業の大きな問題があって、『父』は理念だったり社会還元だったりする訳なんですが、それ無しでもやってこれたことが『父』不在を大きくした理由でもあります。ただ、社会問題の多くはここから始まっている気がします。
 
ここでいう『精霊』はキリスト教社会の中で不可欠なものとなっています。イスラム社会では『精霊』にあたるものがありません(お金でお金を生んではいけないらしく(株はいいらしい)イスラムの銀行は利子がつきません)。資本主義の『精霊』に頼る経済はイスラム世界にとっては『堕落』そのもの、『9.11テロ』でWTC(経済のシンボル)に突っ込んだのも理由は分かる行動です。
 
僕自身にあてはめてみるとメーカーや出版として『子』の部分を司っていますが、『精霊』はこのブログだったり、雑誌のパブリシティだったり、『親』にあたる部分はいつもいう“固定観念を取り払い住みやすい社会に”となります。一方で企業のお手伝いなど別に『精霊』の部分にも大きく関わっています。現代は『精霊』が肥大化してしまったことが大きな問題であり、『精霊』に関わっている自分自身にも心がけをしっかり持たなくてはと考えています。
| Religion | 23:55 | comments(2) | - |
MEXICO


先日マーティン・パーの写真集『MEXICO』を見ていて、頭蓋骨のお菓子なんかが載っているので,無性に欲しくなってしまいインターネットを駆使し,ちょっとお買い物をしました。写真下がそれなんですが、ちょっと早いハロウィンの飾り物です。Sugar Skullといい、全て砂糖で出来ています。



10月末から12月にかけて,世界中の神様が身近にいなくなります。日本でも11月を神無月といいますよね。12月のクリスマスはキリスト以前からこの時期に祭り事をする習慣があったようです。その根底には冬至などで、日照時間が短くなることが関係しています。
 
そもそもエネルギーと作物収穫をもたらす太陽を神として崇めることが古代からありました。日本も天皇の祖先は天照大神ですよね。その太陽が一番影響力が弱くなる冬の時期に人々は神が居なくなり,災いが起こると信じお祭りごとをする習慣が、宗教が変わっても残ったのです。
 
特にメキシコは骸骨ものを飾りますが,日本人には理解できないですね。
タイもそうですけど、メキシコなどはとても死者と人間が近い関係にあります。タイなんかでは、ウチの中に墓があったりしますから。メキシコは悪魔もとても近いところに存在します。影の部分を恐れて見ないようにするということではなく、死者や悪魔と親しくなって、どんな物事ともうまくやっていこうとする人間性がとても感じられます。
| Religion | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
全てはスプーンから始まった

 
ペア・クラーセンに会ったのはちょうど2年ほど前だったでしょうか、初来日から1年目で、代官山のコレックスで小さな展覧会を開く際、僕が図録などで関わった事がきっかけでした。
 
品のいいじいさんという感じで、おしゃべり好き。ウチに電話がかかってきては、「○○時に、代官山辺りに行くから会いたい」と言い、3〜4時間おしゃべりに付き合います。彼の話は、とても勉強になり、そんな話をひとりで独占していることは、幸せだなあと常々感じています。
 
彼は、スイスのネフ社の玩具など、世界的なデザイナーとして名前が知られていますが、その背景には数学的に綿密に考えられた理論と、哲学的なメッセージが含まれています。彼にはとても及びませんが、彼は一表現者として僕をちゃんと見ていてくれるのか、そういう話をしたい時はいつも駆り出されるんですね。
 
その中で、聞いた話の一つがタイトルにした「全てはスプーンから始まった」です。写真はそれをテーマにした限定本で、スプーンがセットされています。
彼が子供の頃1つの疑問を持ったそうです。何故、スプーンは表から自分を映すと天地が逆になって、裏から見るとそのままで映るのか?と、論理的に答えればそれは理由がつきます。でも、もっとそこから知る意味に気づいたそうです。
全ての物事には陰陽があり、背中合わせなんだと。実は表は虚の部分で、裏は実なんだとも言っていました。正義という戦争が表であるなら、裏にはエゴがあったりと、いくつか例も挙げてくれました。まあ、それが全て正しいか僕自身はわかりませんが、僕自身も当てはまる部分が多く、とても共感したのです。
 
僕自身も表で「すごいうまくいってます」と言いながら、心の中ではとても心配だったり、聞く話でも「この人強がってるけど、本当は怖いんじゃ」と感じることもしばしば。
 
そして彼は表が虚であることは否定的ではない事も言っていました。むしろ問題なのは、裏の部分を見ないでおこうと思う心らしいのです。表裏の関係である事は、逃れられない事実であるということなので、自分自身もこの表裏に向き合わなくてはならない、ということでした。そういえば、ブルーノ・ムナーリも生涯を通じて「ネガティボ・ポジティボ(陰陽)」をテーマにした作品を作り、彼の本でもしばしばクラーセンと同じ事を語っています。
 
僕がちょうどその頃、仕事も順調に行っていて、いい方しか考えなかった頃、裏では実は人間関係や様々な問題、自分自身の悩みも押し隠していた気がします。見て見ぬ振りをしていたような。臭い物に蓋をしていたんですが、そんなうちにその問題はどんどん膨らんで、ついに表面化しました。そんな時に、偶然なのか必然なのか、その問題を乗り越えるきっかけを与えてくれる人が現れました。クラーセンもその一人でした。そんな助言のもと、その場の問題は大分解決したんです。
 
それから、僕はなるべく自分から逃げない、とに心がけるようになりました。これは問題じゃなくて、次のステージに進むための試練だと考えるようになりました。
地球や生命の歴史は、隕石の衝突や氷河期のような大きな問題によって今が存在します。多分これがなかったら、今の地球や生命は進化せず、今も存在しません。それと同じように、問題は新しい自分を生み出すための意味のある事だと思うようになりました。
| Religion | 23:57 | comments(4) | trackbacks(0) |
Monster


このところ数日のブログでのやり取りで、「フランケンシュタイン」を思い出しました。
 
フランケンシュタインは、1818年、当時19歳だった女流作家メアリー・シェリー(上の写真の人です)によって書かれた哲学書と言ってもいい小説です。メアリー・シェリーは当時、流産や不倫による略奪婚の果ての夫の先妻の自殺、自分を生んだため亡くなった母のこと、夫やロマン派の友人達が社会から疎外される事への憎しみ。当時の彼女の心情は一つのモンスターを創り上げる事で達成されました。
 
名前の無い怪物(ご存知だと思いますが、フランケンは博士の名前で、怪物には名前がありません)は、身勝手な博士の欲求から創られてしまった存在で、理性を持った怪物は博士の理想を超えてしまい暴走しはじめます。
 
これはフィクションですが、世の中にはこの小説と同じような事は数多くみられます。もともと幸せという理想を求めて生み出された物なのに、逆に幸せを奪う自分では手がつけられない存在(怪物)になってしまいます。マルクスは人々の本当の平等を考えていたはずなのに、がんばる人とそうでない人の平等も生み、結果ソ連は崩壊しました。日本は一億総中流化によって実質的な社会主義化していましたが、それが、お隣さんの息子は大学に行けて何故、うちの子はいけないの?と比較対象を生み、その歪みが非行や家庭崩壊を生み出しました。
 
人々は、皆幸せを考えているのに、何故憎しみが生まれるのでしょう?
 
医者は患者を救って当たり前ですが、神のように命を延ばしたり、死を早めたり、コントロール出来るようになりました。手塚治虫は「ブラック・ジャック」の中で、人の生き死にに医者が手を下すとは、なんともおこがましいことだろうか?と葛藤しながらも、生かすために必死で取り組むひとりの医者を描いています。
 
人々は生きるのが当たり前だと思うのに、何故自殺や殺人は増えているのでしょう?
 
そして、世界中の誰もが平和を望んでいるはずです。なのに何故、戦争はなくならないのでしょうか? そして、平和を望む国民は、戦争や武力を肯定する指導者を選ぶのでしょうか?
 
僕は、同じ次元で「デザイン」というものを考えたんです。誰もがデザインは必要というでしょう。でも、その中でデザインという怪物をどこかで生み出しているかも知れません。姉歯建築や建設談合などはその氷山の一角です。僕はここに危機感を感じたんです。もう一度みんなで「デザイン」の素晴らしさや必要さを再認識しようと。
 
でも、どこかで誤解が生じ、もしかしたら僕に対する憎しみが生まれてしまったかも知れません。憎しみはそのうち大きくなり、気づいた頃には誰にも手がつけられない怪物になるかもしれません。そうなってしまう前にもう一度「生きるとは何か」「平和とは何か」「デザインとは何か」を再確認する必要があるのではないでしょうか?
| Religion | 23:58 | comments(4) | trackbacks(0) |
「マドンナ」と「エヴァンゲリオン」の関係

 
今晩の「スマステ」でマドンナの特集をやっていました。
マドンナといえば、1997,8年頃から言動が変わってきましたよね。その背景にはカバラというユダヤ教の思想があります。少し前からセレブの間で流行っている赤い紐、パリス・ヒルトン、ブリトニー、そういえばホリエモンもやってました。もともとはマドンナが流行らせたモノですが、これがカバラの思想に基づく物なのです。まあ、日本でやっている人はセレブの間で流行っているからという単純な動機だと思いますが。カバラによると、邪悪な物は左手から体内に入るようで、赤紐はそれから身を守ることを意味しています。セレブはたかりが多かったり、妬みや恨みなどが多いので、それから守ってくれるということから広がったみたいですね。
 
カバラとは、ヘブライ語で“口から耳へ”という意味、いわば伝承というようなことでしょうか。ユダヤ教の中でも密教的な意味を持ち、悟りを開いた物だけが伝承出来る秘技でした。このカバラを象徴する物としてセフィロト(生命の樹)があります。仏教でいうと曼荼羅のような宇宙の法則を表した物です。写真の○と線で繋がれた図がそれです。エデンの園に生えた樹でその実を食べると神に近づく事が出来る(肉体を超えた存在である事を悟り、永遠の存在になるという意味)カルト的な人気を誇ったアニメ、エヴァンゲリオンのオープニングにも実はこの図が登場します。そして、このストーリーと密接な関わりを持っています。
 
エデンの園には智の樹と生命の樹があり、アダムとエヴァは智の実を食べてしまう。彼らに知恵の目覚めが発生し、お互いの肉体の違いを知り、イチジクの葉で体を隠すようになるんですが、最初、神はアダムを作り、アダムの肋骨でエヴァ(イブ)を作ります。エヴァンゲリオン中に登場するアダムのDNAを使ってエヴァンゲリオン(エヴァ)が作られるのと同じ、またNERVのロゴマークは、このイチジクの葉がモチーフになっています。アダムとエヴァはもう一つ生命の樹の実を食べれば神になる事が出来ますが、神はそれを恐れてエデンから追放するのです。このストーリーはエヴァンゲリオンの中でも同じ解釈をしています。使徒という得体の知れない敵が向かってくるのですが、それは本当に敵なのか、何故、どこから来るのか分からないのです。この使徒は智の実を食べた人間が、さらにクローンなど永遠の存在や兵器などで生死を操るようになり(生命の実を得て)神に近づこうとした時に、神が送り込んだそれを阻止させるための使者を意味しています。エヴァのストーリーに関しては、このカバラ以外にも、ユダヤ教、死海文書からキリスト教が密接に関わってくるのでもっと複雑です。
 
カバラの話に戻りますが、これは宗教とは違い、人間の存在そのものを問いただす解決方法(思想)の1つで、絶対的なものでないので、イスラム、ヒンズー、ユダヤ、キリスト教などあらゆる宗教に反影出来るそう。だから、危険なカルトではないのでご心配なく。
前出のマドンナはかなり、入れ込んでいるようでイスラエルに行ったり、自宅をカバラセンターとして提供したり、多くのセレブを入信させているそうです。これ同様、流行りのヨガも、もともとは宗教的な意味合いが強いものですよね。
 
ベトナム戦争の時もマハリシが注目されて、インド哲学がもてはやされたりしたように、テロや戦争など生きる意味について問われる時代だから自然とこういったものが必然的に流行るような気がします。
| Religion | 04:09 | comments(4) | trackbacks(2) |
西遊記と般若心経


西遊記、人気らしいですね。月9も変わったもんです。個人的にはミスキャストのような気がするんですが・・・ なんでブタよりサルのほうがデカいのか? 猪八戒役の伊藤淳史の方が悟空っぽいんじゃないかと。華が無くてどうしてもジャニーズ系が、と言うんだったらV6の岡田かな? 沙悟浄のウッチャンはいいけど、個人的キャスティングではアンガールズの山根かな? 三蔵は前が夏目雅子だったら、宮沢りえくらいがいいと思います。どっちにしても旧西遊記の方がキャラがたってましたね。
 
この時代に何故西遊記?と言う感じもあるでしょうけど、僕自身は時期的にこういう番組を求めていると言う感じもします。そもそもあまり知らない人もいると思いますが、三蔵一行は天竺(インド)で生まれた仏教の経典「大般若経」をとりにいくという話です。玄奘三蔵が天竺へお経を取りに行ったのは事実で、中国からインドのまでの道のりの中で、山賊が出たり、砂漠で砂嵐にあったり、過酷な道のりだったのを妖怪などに例えて作られた物語なのです。この「大般若経」は600巻に及ぶサンスクリット語で書かれた物で、それを三蔵は漢字に訳し、さらにダイジェスト版として266文字にまとめたのがよくお寺などで聞く「般若心経」なのです。今風にいると「幸せ生き方マニュアル」でしょうか。
 
宗教っぽくなってしまうと嫌なので、あえて細かい事は説明しませんが、柳澤桂子さんという科学者が科学的にこの般若心経を解釈したベストセラー本「生きて死ぬ智慧」は面白いので興味がある人は読んでみてください。
最近の事件や社会問題など生きにくくなっている時代だからこそ求められたのが今回の西遊記リバイバルなのです。
 
旧西遊記の音楽を担当していたゴダイゴ。僕はスタジオ・ミュージシャン好きだったので、結成前から殆どのメンバーの経歴を知っていましたので、凄いバンドが歌謡界にはいってきたと思ってました。今回の西遊記エンディングは仙台で生まれたモンキーマジックというバンドの曲ですが、相当ゴダイゴの影響を受けている感じがします。それ以上にゴダイゴ自体が現代の音楽業界に置いても“新しい”ということを痛感しました。
| Religion | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
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