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Arts & Architecture

STUDIO VOICEの最新号で書評(というか解説)を書かせてもらいました。先日タッシェンから発売された「Arts & Architecture」の豪華本のことです。
 
Arts & Architectureはミッドセンチュリー・ファンにはバイブル的存在の雑誌です。戦後の復興と好景気から一般市民に住宅を買おうという人が増え、プレハブなどのローコストな建築を実験的に企画(これが俗に言う「ケース・スタディ・ハウス」です)を誌面と連動して開発していこうというものでした。編集長はジョン・エンテンザ、イームズらが編集に関わってました。日産ティアナのCMでも使われたピエール・コーニッヒ設計の崖っぷちに立つケーススタディNo.22やNo.8のイームズ・ハウスなんかが有名ですね。何年か前にNo.20のソール・バス邸が売りに出されて、確かソフィア・コッポラが買ったような。。。
エンテンザはローコストな住宅を爆発的に普及させるモダニズム的発想を持っていたようですが、マニアックに捉えられたようで、実際多くはビバリーヒルズなど高級住宅地に建てられ(パトロン的な人がクライアントになった)売れ残った住宅はエンテンザ自身(No.9)やイームズのように自分たちが住まなければならなかったようで、うまくいかなかったそうです。ただしこのプロジェクト自体は世界中の戦後建築に影響を与えたことはいうまでもありません。
この本、1945年の創刊から1954年の10年間に発行されたArts & Architectureをそのまま復刻しています。だから、当時の原稿や広告までもがそのまま見られます。本物は50年以上経っていて紙もデリケートだし、貴重なので結構値段もします。こういった形でまとめてくれると、図書館や建築事務所などは見やすくて重宝するでしょうね。今回はとりあえず10年分ですが、来年以降にその後の10年分も出されるようですよ。
| Archtecture | 23:09 | comments(0) | - |
ブログの役割に思う事

今度僕の本が出版される事もあり、加筆や新規原稿などでほぼカンヅメ状態です。あまり遊びにいっていない事もあり、お誘いがあったので久々にFormさんと代官山で会いました。彼のブログにアップしている通り、広島で行なわれた「若手建築家のアジェンダ」を中心に彼が最近興味を持っている建築についてがもっぱらの話題でした。
 
FORMさんは最近いろんな建築家に会っているようだし(取材がメインのようですが)こういった討論会などにも参加しているのですが、ブログでは事実関係の情報が触れられているくらいなので、その具体的内容やFORMさん自身の考えを聞きたいと思っているのですが、どうもいつもFORMさんと会うと聞き手にまわられてしまい(僕が言いたい事あり過ぎなのか?)その辺の具体的な話を聞けず消化不良で終わってしまいます。今日も結局未消化な感じでした。
 
僕はそれほど建築に思い入れはありませんが、最近何度かエントリーしたように疑問に思う事は多々あります。僕もそうだけど考えている事と実際やることでうまく体現できることはなかなかないし、悪い事考えているのではないとは実感しているのですが、それをふまえ疑問に思う事は言っておいた方がいいと思っています。
FORMさんは僕なんかに比べ、はるかに現場を見て、本人に会っているので本当はそこんところを聞きたかった訳です。FORMさんのブログでは肯定的に捉えられているのですが、本人に会ったり、メールをもらったりすると必ずしもそうでない事もあり、本当はもっとブログでそこんとこ話してもらいたいと思っているのですが、(やり方は人それぞれなのであくまで希望なのですが)読者も本当はそういうとこを期待している気がします。(僕がそうなので)
 
世の中先入観で物事が動いている事が多く、どうしても多数意見の方から物事を見てしまいがちです。それ自体は全然問題無いんですが、そういう時に限ってその考えが全て正しく、それ以外は正しく無いとしてしまう事が多いと思います。見えていない(もしくは見ようとしていない)自分の正当化している物事の負の部分をちゃんと見て、それをふまえて正当化していくのがバランス感覚だと思っています。僕はこのブログでmetabolism「新陳代謝」というタイトルをつけていますが、ここではそういう部分を出来るだけ拾い上げたいし、物事の裏に潜めくところを見ていきたいのです。だから比較的ネガティブなエントリーが多いかもしれません。そこで誤解して欲しく無いのは僕は皆さんの思っている多数意見に反論している訳ではないと言う事です。負の部分を受け入れてあえて正と捉えるならばそれは健全だと思います。僕はいつもその気持ちを忘れないように思っているだけです。
 
多くのブログを見ていくと、情報のようなレベルのものがとても多い気がします。情報に対して主観が述べられているならまだしも、情報だけ載っけていることが僕にはよく分かりません。それは日記帳に「今度これがあるから忘れないようにしとかなきゃ」という自分に対してのブックマークなのか、「あんとき、これ観に行ったなー」という私日記的なものなのか、何なんでしょう?
僕にはどうしても「0月0日、00さんと00を観に行きました。00がとても感動しました。その後00へ飲みにいきました。また行きたいと思いました」みたいな小学生の絵日記みたいなものはあまり見る気がしません。どこに感動したのか、飲みにいった時にどういう話をしてどう感じたのか?そこが語られていないと、自分に何もメリットは無いからです。その人に憧れているから何をして誰と会ったのか知りたいだけとしてもメリットかもしれません、でも僕は僕以外の人が何を考え、どう行動し、喜びを感じたり失敗したり、教訓を学んだりしているのかを知りたい。そしてそれを自分のこれからの行動や知識に役立てたいと思います。毎日ブログにお弁当の写真を載せている人だって、もの凄く偏った物事の見方をしている人だって僕自身には何かメリットがあると思います。
 
FORMさんに期待するのはそういった見えない部分です。本人に会える人はそんなにいないのですから、その辺の突っ込んだ部分をもっと知りたいのです。
自民党一党体制が崩れそうになっているのも、政治の負の部分が良くも悪くもメディアに取り上げられ、国民が良識有る判断(?)が出来るようになったからです。本当に好きな物事に良くなって欲しいと思うならば、そういった負の部分にメスを入れる事も必要なのではないでしょうか?
 
そんな感じで2時間ほどお喋りした後、代官山のTOMIO KOYAMA GALLERYで始まったアダム・シルバーマンのオープニングを観に行きました。上の写真がその1つです。今回はスカルプチャーを中心に展開。小山さん然り、村上隆氏然り、アート界では密かに陶器を文脈かしようとしているようで、その一辺が伺えました。
| Archtecture | 23:59 | comments(0) | - |
現代建築とほっこり系
最近、70年代生れの建築家の活躍がめざましい。建築雑誌以外でも特集が組まれたりしているから非常に目にする機会も多いのでしょう。
 石上さんなどのように芸術系(文系)の方から建築の世界に入ってくる人が多くなっているのも特徴的な部分ですね。
 
今や建築だけでなく、音楽、芸術などの世界でもすでに70年代以降へのシフトが進んでいます。個人的に新しい世代への期待と凄さを実感はしているものの、どこかにしっくりこない部分が残ります。以前からそのしっくりこない部分について考えてみました。
 
それはとても内向的であること。社会よりも自分という意識が強い。
とても漠然とした心理を表現している感じがするのです。分かりやすいところでは、昔の歌謡曲。詩的な表現でありながら情景が浮かんだり、心理を取り上げたものでも、自分と他者とのあり方が題材になっています。だから子供でも演歌を受け入れられたし、家族で口ずさめる曲が多かったと思います。今の曲はもっと漠然とした詞が多いです。それは内面にあるつかみどころのない感情を題材にしているからで、ある意味同じ気持ちを持つ共感者とは直接心理に結びついていくので凄い事だとは思いますが、とてもピンポイントになってしまいます。
まだ、文学や美術や音楽はアーティストの内面性を表現した作品と位置づけできますからいいと思うんですが、建築やデザインはどうでしょう?
 
僕はここで何度かアートとデザインの接近を紹介してきましたが、興味深いと思える反面、本来の役割について考える疑問点が浮かび上がってきました。
それは、建築やデザインが私的なものでいいのかどうかという部分です。
デザインはまだ代替えがきき、消耗もはやく、多様性があるので、機能を求める部分以外のものがあってもおかしくは無いのですが、建築となるとちょっと違う気がするんです。鑑賞するデザインはあっても、鑑賞する建築って無いような気がするんですが。
 
今の建築は、特に30代の若手の作品は面白い。でも、面白いと思う部分はもしかしたら異様な部分なのかも知れません。その異様が果たしていいのかどうか僕には分かりませんが。
TV番組のビフォー、アフターの中のビフォーでとんでもない構造の物件が登場しますが、その家が建てられた頃は建築家のアイデアが効いた、いい空間だったんだろうと思います。狭い家の中でいかに有効的に使うか?それが押し入れの中に階段があるといったことに繋がっていく。よく言うと空間を有効的に使う、悪く言うと変な構造。これは古くなったから悪くなったのではなく、最初から背中合わせに持っている見方の違いです。大抵の場合最初はいい方から見て、あとで悪い方に見方が変わってく。結婚するときは「自分に持っていないものをもつところに惹かれた」といい離婚のときは「性格の不一致」になる。そもそも好きなところも嫌いなところも同じ部分なのです。
番組の中ではビフォーの時の異様さを強調しますが、アフターの中で取り入れたアイデアは本当に素晴らしいものなのでしょうか?30年後の子孫が見た時にはそれは異常に写るかもしれません。
 
ポストモダン建築にも異様性はありました。でも、あれは社会的意味を持った私的なもので、現在の建築の動きとはちょっと違うようにも見えます。こういった流れは社会の流れと同じなのですが、建築の分野までもがこの流れに同調すべきかどうか不安めいたものが感じられるのも事実です。
 
また、今世の中は「ほっこり系」と呼ばれるスタイルで満ちあふれています。
昔で言ったらカントリースタイルに近いのかもしれませんが、内容は和物やヨーロッパ、北欧なども混じり、特にハンドクラフトの革もの、リネン、陶器類が人気です。
活版などの古い印刷スタイルも手作り感覚としては共通の意味合いをを持っています。
本来、機械製品だけでなく手作りのぬくもりを大事にしたり、エコやスローフードなどもいい事である事には間違いありません。
しかし、ここ最近「脱ほっこり系」がすこしづつ登場してきています。本来の人間らしい生き方に戻るための「ほっこり」であったはずなのに、そこから脱却しようとしているのはどうしてか?結局、手のぬくもりなんてものは売り手側、買い手側の説得材料でしかなく、流行なのではないでしょうか。「うちはハンドクラフトにこだわっています」と言うお店がそういうものが流行らなくなった5年後や10年後にはたしてこだわり続けているでしょうか?
 
建築しかり、ライフスタイルしかり、長いスパンで考えるべきものがファッションや消費の対象になっていることに違和感を感じます。
 
最近、お店が面白く無いのがそういったところ。東京には似たようなスタイルのお店が溢れ、地方もそれをこぞって真似をしていく。
ミッドセンチュリーが終わったら、北欧、そしてほっこり。僕だって気持ちが変わるから自分のライフスタイルは変わって当然。でも、なぜ全てが同じ方向に変わるのでしょうか?かたくなにイームズを売ってたって、セレクトに節操無くてもオーナーの気持ちが感じられたらとても楽しいお店だと思うんです。海外に行くとお店にワクワクするのはそういった一方向に進んでないで、それぞれが、それぞれのものを売っている事だったりします。
だから、地方に旅行に行ってわざわざ東京と同じようなお店に行きたいと思いません。おなじハンドクラフトにこだわるなら、30年同じ事をやっているおばちゃんのやっているようなお店に断然感動します。
先輩方おじいさん、おばあさんの方がより自分らしさを持っています。 
若い人たちがそういった自分らしさを出せるまで、あと何年かかるでしょうか?
逆に若手の建築家達は個性的だけど、こういった個性は本当に必要なのか?
矛盾する2つの個性が今後どうなって行くのかを見守っています。
 


| Archtecture | 12:54 | comments(13) | - |
いごこちのいい空間

住宅情報『都心に住む』の見本誌が届きました。
今回は公共施設などの好きな空間を1カ所選ぶところでコメントしました。
僕が選んだのはミッドタウンのサントリー美術館。隈さんの設計です。
僕が特に好きなのは21_21の方の公園が一望出来る4Fから3Fに階段で移動するフリースペースの部分。無機質な空間の多い美術館にして、とても居心地がよく、特に平日の日中にぼーっとしてるといい感じです。
 
本当は他にも候補はあったんですが、ここが1番誌面上ぴったりくるということで決定したのです。個人的にはちょっと小汚い居酒屋の方が居心地いいんですけどね。そういったところを堂々と紹介出来るインテリア雑誌なんかは出ないんですかね。
| Archtecture | 23:38 | comments(0) | - |
ティオティワカン→バラガン 2000年のモダンの旅

ティオティワカンは紀元前200年〜紀元700年に栄えたメキシコでは今のところ最も古い文明だそうです。シティから1時間ほどのところにある世界遺産なので午前中行ってきました。エジプトのピラミッドと中南米のピラミッドの大きな違いは,前者は四角錐で王の墓として建造されたものであるのに対し,後者は四角錐の階段型になっていて宗教儀式のために建造されたものということです。どちらも天に神がいることを信じているので,ピラミッドの真下から頂上を見上げると本当に太陽に近づけそうに感じてしまいます。当時の人もそう信じたでしょうね。

 

写真は神様の石像。ティオティワカンの入り口に複製が置かれていますが、こっちは本物。スペイン人が入植してきた時に、いたずらされてボロボロに。その時の鉄砲の跡で穴がところどころあいています。
 

ケツァルコアトルの神殿といわれる一番小さいピラミッド。表面は装飾で覆われていて、蛇の首に羽根をつけたケツァルコアトルという水と農耕の神様と、トラロックという眼鏡番長のような雨の神様がレリーフになっています。
上の方はスペイン人が見つけてボロボロにされてしまいましたが、その下は当時埋まっていて無傷で発掘されています。
 
ここの凄いのは,紀元前(日本では縄文時代)に既に都市計画が完成していたことです。死者の道と呼ばれるメインストリートを中心にほぼシンメトリーに建物が配置されています。神殿などの跡を見ても装飾や柱の位置までシンメトリー。そして,権力者の住居跡を見ると,水洗トイレの跡や,下水道などが既に完備されています。

真ん中の窪みは水洗トイレの跡

もう一つは,天文学が進んでいたこと。太陽のピラミッドでは,冬至と夏至の日に太陽がピラミッドの頂上を差し,ピラミッドに隠れるそうです。都市の角度がこれに基づいて設計されているということです。既に現在にほぼ近い時間の概念と暦が完成していたそうです。そして階段状になったピラミッドは,52年ごとにピラミッドの上にピラミッドを被せていくことからこういう形になったようです。
そして,当時の天文学者は最も権力がある人物として豪華な家を与えられていました。その住居跡に行くと壁や柱はすべて装飾されています。

そして中央には水が貯められていて,星がそこに映り込み占いをしていたそうです。
 
この遺跡はそもそも宗教的な意味を持っていて,死者の道では古代サッカーの試合が行われていたそうです。周りには観客席もあります。そして,試合で優勝したチームのキャプテンは,最も誇り高い英雄として生け贄になります。
貧乏くじをひいた人が生け贄になるのではなくて,当たった人が生け贄になるんです。そして中央の月のピラミッドの上で英雄は殺されます。その後火葬にして,その灰を太陽のピラミッドの頂上に上げます。これで英雄は天の神に贈られたということになります。

今は石がむき出しになっていますが,建物全部(プラミッドも)には厚さ5cmくらいの漆喰が塗られ,さらに表面は赤く塗られていたようです。当時は相当派手だったでしょうね。僕たちが言った時にちょうど,当時の儀式の再現のようなものをやっていました。
 
それで,僕たちは究極のパワースポット、太陽のピラミッドに登りました。これがかなりしんどい。既に地上も標高2000mを超えている上,頂上は空気が薄い。しかも階段が急。緩やかなところで45度、ひどいところは写真のように直角に近い!登る時も降りる時も手をつかわなければなりません。

(これは比較的緩やかな方)

(犬もグッタリ)

(酷いところはみんな、手をついて昇り降りしてます。上から見るとほとんど絶壁)
そして僕たちもどうにか登りました。天頂から月のピラミッドを見た風景。
手前が死者の道です。

そして,頂上の中心には1cmほどの小さな鏡のようなものが埋め込まれています。当時ここには,すべてのエネルギーが集まるといわれていたそうで、ここをさわった人間は願い事が叶うといわれています。だからもう取り合い。

写真に写っているおばあさん、ずーっと離れません。そんなにお願いごとがあるんでしょうか?僕は触れませんでしたが、妻は触ることができました。
 
900年も続いた文明がなぜ滅びたのかは明確な証明がされていないようですが、最大で20万人を超える人口になった際に建物に使う森林を伐採しすぎて、水不足になったということが大きな原因になっているようです。1000年以上前に既に環境問題は始まっていました。僕たちもそうやって滅んでいってしまうかもしれません。
 
この辺は観光地なのでお土産売りが徘徊しています。僕たちが歩いていると「オモイデ」とか「メカケニオミヤゲ」とか「ヤスイ、タダドウゼン」とか片言日本語で話しかけてきます。300ペソ(3500円くらい)のものが無視しているとどんどん下がってしまいには20ペソ(300円くらい)になります。ほんとぼったくり商売です。で、なぜか僕たちに一番必要な水を売っている人が一切いない。多分水を売った方がかなり儲かると思いますよ。
 
そしてお昼頃にシティの方へ戻りました。
途中、壁に手書きの上手い広告が見えました。
メキシコはビルボードみたいなものがほとんどなくて、高速道路脇にはこういった手書きの看板があるんです。それが味もあるし上手い。
それと、山にはびっしりと苔のように様に家が密集しています。

これらは田舎からやってきた人たちで、勝手に国有地にブロックを積み上げて自分たちで家を建ててしまっているそうです。素人が作った家なので雨期には土砂崩れで流されてしまうとか事故は絶えないそうです。そして、不法居住でも税金はかかるわけで、建物のほとんどが未完成になっているのは、建設中なので住んでいないと税金逃れをするためだそうです。よく見るとパラボラアンテナが付いていたり、インターネットなんて書かれているので決して下層の人だけではなさそうですが…
 
街に戻ってきてまず先にバラガン建築を見に行くことにしました。ただ、バラガンの建物は財団が管理していて、事前にアポイントを取っておかないと中に入ることはできないようです。日曜日ということもあって、僕たちはとりあえず外側だけ見に行きました。が、やっぱり外側ってそんなに面白くない。まず、どういう外観か知らないと、他の外観もバラガンみたいな建物ばっかりなので分かりません。ヒラルディ邸=ピンクというのでかろうじて分かったくらいです。

隣も似た感じ。

ガイコツのかんばんがかわいい。
外観でいったら、バラガンよりもいい家は周りにたくさんありました。その後バラガンの自邸へ。ここはもっと分からない。

財団の看板が無ければ見過ごしてしまいます。そして、どこからどこまでが家なのかも分かりません。バラガンを見たい人は是非中を見た方がいいです。事前にアポイントをとりましょう。僕も今度来る時はちゃんとアポ取りをしようと思います。でも、“バラガン”という名前に執着しないこともお勧めします。普通の家やインテリアでもモダンでカラフルな色使いと民芸家具のコーディネートをしている所はたくさんありますから。
 
その後、フリーダ・カーロ美術館へ。撮影禁止なのでお見せできないのが残念ですが、フリーダの家が再現されていて、そこに飾られている民芸品や織物、刺繍、マヤ文明の出土品、蔵書、19世紀頃の絵画など、どれもいい。ここに飾られているような味のある物たちが現在どこを探しても見当たりません。
 
今日は、2000年の時空を超えるモダン建築の旅でした。2000年前のモダンと最近のモダン。買い物も充実していたし、収穫ある一日でした。



| Archtecture | 23:24 | comments(0) | - |
Le Corbusier

森美術館で始まったル・コルビュジェ展を観に行ってきました。日本のル・コルビュジェ展としては今は無きセゾン美術館でやった以来の大きな感じです。特に面白かったのはパリのアトリエ,ユニテの集合住宅、カップ・マルタンの家の1/1再現があり,お客さんが入って体感できるところです。その中でもカップ・マルタンのあの小屋は彼の実像を知ることが出来ると思います。
 
ル・コルビュジェというとサヴォア邸なんかが有名ですが,本人はあのこじんまりした小屋が好きだったんですよね。でも、再現のスツール(ワインの木箱で当時作ったらしい)はちょっと大きい感じがします。同じようなスツールをブラジル学生寮のために制作していますが,そっちの大きさに感じました。
アトリエ再現には実際そこにあった小石や眼鏡などが置かれていました。ル・コルビュジェといえばカッシーナの家具がまず頭に浮かびますが,それらはクライアントの物件のために制作された物が多く,本人は南仏の工芸椅子など無名で飾り気の無い雑貨を好んでいます。大きな家具はペリアンに作ってもらったものと(コルビュは家具のセンスは無かったようで,彼のデザインで通っている家具は殆どペリアンがデザインしていた)あとトーネットの曲木椅子は好きだったようです。
コルビュのセレブなイメージはカッシーナによって作られた物で実際のコルビュ像はもっと人間的であったと思います。ペリアンもプルーヴェも自宅を見ると全然かっこ良くない。椅子に編み物がかけられていたり,安物の食器を使っていたり。でもそれがかっこいいんです。その感じは先日書いた『Art and Articles of Living』にも繋がります。
 
僕たちが唯一住める可能性があるコルビュの物件としてユニテの集合住宅があります。ただしかなり老朽化しています。最近は住宅としてよりもギャラリーや店舗として利用していることが多いようです。もともとは家具も込みでデザインされていましたが、オーナーが変わる度、古くなった家具は捨てられてしまい,現在は1部屋当時のまま保存されているところだけです。20年ほど前にかなり家具は廃棄されたようで,その頃から家具集めをしていたコレクターは拾い放題だったそうです。今でも少し残ったランプやはしご、郵便受けなどを求め,ディーラーが各家にやってきては交渉しているようです。
 
ここ数年にあったデザイン系の展覧会の中ではとても良かったと思います。一番良かったのは目黒美術館で2年ほど前にやったイームズ展。イームズの作品よりも世界を旅して集めた民芸品やスナップ写真、送られてきたDMやレイ・イームズの引き出しの中コレクションなど,より人間像に触れ,クリエイターにとってインスピレーションの源とは何かを教えてくれたとてもいいものでした。僕はもっとコルビュの人間像に触れてみたかったです。というかすべてのクリエイターの引き出しの中や棚の本を覗きたいです。こんな展覧会誰かキュレーションしてください。もしくはさせてください。
| Archtecture | 23:15 | comments(0) | - |
働くおじさん
 
バルセロナの顔、サグラダ・ファミリアで働く(建築に携わる)おじさんたちです。
100年も前からこの建築に携わる事がステイタスなようです。東京タワー建設も日本中から集まって来たらしい。サグラダ・ファミリアは皆さん全体像が分かってないようですが、実はまだ入り口付近しか出来てないんです。難解な建築なので(ガウディは紐と錘で作った構造模型みたいなものしか作ってなくて、彼の弟子たちがガウディの考えを解釈しながら設計をし、さらに職人たちがそれぞれの解釈で装飾を施していく。と、多分ちゃんとした設計がなされていたらすぐに完成したでしょうが、ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返しているのでこんなに時間がかかってる訳です。(仕事がマイペースなスペイン人気質もあるのかもしれませんが)もしかしたら、ガウディのコンセプトはそこにあったのかもしれません。
正面は100年くらい前に作られたので、裏の方とちょっとばかし様式が違います。これ、出来るまでにどれだけの様式が組み込まれるんでしょうか?
そういえば、サグラダ・ファミリアの彫刻主任って外尾悦郎さんていう日本人なんですよね。
 
 
 
それにしても、建設中現場に入場させてお金まで取る場所が他にあるでしょうか?
| Archtecture | 23:39 | comments(0) | - |
高層建築

 
Relaxに出雲が出ていました。前から出雲大社は気になって調べた事もあります。今回はその出雲大社に事に触れたいと思います。
 
出雲大社はいつ出来たのか定かではありません。日本最古の書物と呼ばれている古事記(712年)にも既にとりあげられていて、厳神之宮として神殿を修したことが659年の記述にある事から、それ以前に建設されたようで、神社としては最古の物になります。
 
現在の本殿は1744年に改築された高さが24メートルのものです。写真のようにぽっかり社が出ている感じからその大きさが伺えますが、実はこんな小さい物ではなく、平安時代(930年)に源為憲によって書かれた「口遊」という書物によると高い建物ランキングとして、京都の大極殿が3位、奈良の東大寺大仏殿が2位、そしてこの本殿が第1位になっています。東大寺大仏殿が15丈(45メートル)でこの時の本殿は16丈(48メートル)あったそうです。さらに説としては32丈(96メートル)あったとも言われています。大林組の復元プロジェクトチームによると、100メートル近い木造建築は現在技術をもっても無理だそうで、この説は少し信憑性に欠けますが、16丈というのは最近の発掘でも事実のようです。伊東豊雄による銀座のミキモトビルが大体同じ高さ、建築基準法では50メートルから高層建築というので、1400年近く前に高層建築が出来上がっていたという事になります。
 
10年ほど前、縄文時代の建築物の跡が発掘されて話題を呼びました。これによると、高さ17メートル、全長が30メートルに及ぶ高床式の神殿のようなものだったらしく、僕が子供時代に教わった竪穴式住居よりも、はるかに文明が進んでいた事になります。だから50メートルの高層建築がその後作られていたとしても何ら不思議な事ではないと思います。
 
それにしても、僕が子供時代に教わった日本史とはかなり違っているので、子供が出来て歴史を教えるときなんかは気をつけなければならないですね。特に僕は最近ビッグバンによる宇宙誕生以前の事に興味をもっています。かなり仏教の概念にも似たことが物理学の世界で起こっているからです。0とか、空という概念とか。これについては、また今度紹介するとします。
| Archtecture | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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